その比較は、本当に正しい? 周りがすごく見えて不安になったときに考えたいこと
もうこれは昔からよく私に寄せられる相談内容なのですが、最近もまた同じ内容の相談頻度が上がってきたこともあり折角なので文章に残すことにしました。
文章に残すことで、同じ相談が来た時にそれはもう10年前くらいから答えてるんだけどよかったらこれ読んでみてね。
って言えるかな。という事を考えて書いてみました。
さて、どんな内容なのかというと他人と比較して自分がダメだという相談内容ですね。
「周りの人はすごいのに、自分は全然できていない気がする」
「こんな状態で、この先ちゃんとやっていけるんだろうか」
そういった相談を受けることがままあります。
SNSを開けば、すごい作品を作っている人がいる。毎日のようにTipsを投稿している人がいる。
イベントに登壇している人、本を出している人、ものすごい技術を持っているスペシャリストにエバンジェリスト。
表彰される人、テレビに出る人、取材を受ける人、この世にすごい人はどこまでも天高く沢山いらっしゃるわけですね。
私はAdobe製品だけでなく、Adobe界隈の人々のファンかつ、オタクを自称しているくらいなので、
とにかくそういう人達をずっと眺めていて、本も買い、セミナーも受講し、とにかく推し活をしているわけです。
自分も同じAdobe Community Expertという立場にいるので、「周囲のすごい人を見て不安にならないのか?」と聞かれることがあります。
では私はどうか?というと、全く不安や焦りを感じたことはないです。
なんなら、「推し達が今日もすごい!うぎゃ~~~~!!HAPPY!」だけなのです。
なぜなら推しの皆様が活躍してくださっている事でまず明るい気持ちになり、
かつ推しの本を買うことでその人の思考や技術を知ることができ推し活をしながら知識もHAPPYも手に入る。
なんなら仕事にも役に立つという一石三鳥なので、HAPPY以外に何があるのかという状態です。
敢えて不安を感じる場面を挙げるのなら、推しの皆さんの投稿で「体調が悪い」とか何かお辛そうな書き込みを見つけた時や、
推しの方々の投稿に対して批判のコメントがついていた時位で、自分に対する不安や比較というのはまぁ発生しません。
しかし、中にはやはり自分だけまずい!という様な気持だとか、
他の人と比べて自分ってどうなんだろう…と不安になる人が、やはり一定数いらっしゃるようです。
自分が教えている学校の生徒や知り合いなどからも、
他人と比較して自分がダメなような感じがする。
自分だけ何もできていない気がする。
どうしたらいいのか焦ってしまう。と、かなりの数同じ相談を受けています。
確かに圧倒的にすごいアウトプットをする人だとか、誰にとっても有用なTipsを毎日投稿する人を見ていたり、
とにかくスペシャルなアートな映像を毎日見るとかそういう事をしていると
「こんなの自分にはできない…自分にできることなんてない…」と、そういった状態に陥ってしまうのかもしれません。
しかし、こういう相談を受けたとき、私はいつも別のところが気になります。
その比較は、正しく機能しているのだろうか?と。
私はJWAアナリスト検定などの資格を持ち、データサイエンスも学んできた経緯もあり、普段はデザインだけでなくコンサルティングやワークショップなども業務として多く受けています。
情報の取得・観察から、比較・分析なども日常的に行ってきていることから、そういった比較の話を聞くにつけ、相手の感情に寄り添うことよりも先に、「その比較条件、本当に合ってる?」という条件設計が気になってしまいます。
そういった内容が主業務になる前は「そんなことないよ!○○さんもすごいって!」とか、
「そっか、辛くなっちゃうね。」などと、相談者の感情に寄り添った発言ができていたのですが、
毎日こういう仕事をしているともうそれは癖となり、どんな会話も問題解決を目指す職業病として立派に発症してしまいました。
(そのため、私に何かを相談すると、「大変だったね」という共感はなく、「では何が問題で、どうすれば解決・実現できるのか?」という問題解決のテーマとして処理されてしまいますのでお気を付けください。職業病なので辞めるまで治らないでしょう。アーメン…)
それはさておき、すごい人とご自身を比較する際、その比較は本当に正しくできているのでしょうか?
すごい人と自分を比べる前に、自分が何をしたいのか見直そう
動画の授業やデザインの授業をする際、よく生徒さんから相談を受けるのが
やはりすごい人を見てたら、自分なんかダメなんじゃって思えてきてしまったという内容です。
SNSなどで色々なデザインイメージや動画を見てみると、とんでもなくかっこいいものやすごい物ばかりが大量に出てくる。
とにかく美しかったり、レイアウトが秀逸だったり、動きが巧みだったり、どうやって作っているのかすら想像もつかないものばかり。
「こんな凄いものが自分に作れるんだろうか」
「結局こういうのってセンスなんじゃないか」
「仕事で色々作るけど、地味。もっと派手じゃないとダメなんじゃないか。」
「AIのほうがなんかいい感じ」
そんなこんな沢山の不安がわいてくるようです。
だけど落ち着いて考えてほしい。
「それ、今の仕事で必要ですか?」
悩んでいる人たちによく投げかけるのは、それ本当に必要?という部分です。
例えば、お客様向けに、
「この商品の電池ボックスは、この箇所にあり、裏ブタはこうすると簡単に外せます」
という、購入してくださったユーザーに向けた使い方を解説する動画を作るとします。
しかし、あなたが作ったフォローアップの動画が、
商品が画面下から壮大な音楽と共にせり上がりながら、
次のシーンでは複数のその製品が沢山のパーティクルや効果をまき散らしながら宙を舞い、
電池ボックスの蓋と本体がクローズアップされたかと思えば、閃光と共に外れ、
画面内では沢山の爆発とテキストモーションが激しく動き回りながら、
最後はブラックフェードをしていく…
という動画だったらどうでしょうか?
あなたがユーザーだったらどう思いますか?
私だったら勘弁してくれと思いますし、他の人が解説してないかな~~と
他の情報を探しに行くことになると思います。
つまりはふたの開け方を知りたいユーザーにとっては、ふたの開け方がわかればよくて
スペシャル憧れるような超絶かっこいいド派手な演出を入れたところで、
「私は何を見させられているんだ・・・?」としかなりませんし、
何ならこのメーカーはふざけているのか?と、怒ってしまう可能性もあります。
この動画に必要なのは派手さではなく、
・手元がきちんと見える
・手順が分かりやすい
・必要ならテロップがある(音声が出せない状況への配慮)
・見た人がちゃんと蓋を開けられるという状態になる
という、シンプルにこれだけなんです。
逆に、イベントのティザー映像やブランドのイメージ映像なら、感情を動かしたり、
「なんだこれ、気になる!」「すごい!行きたい!」と思わせる派手な表現が必要になることもあります。
つまり、「かっこいい動画を作れるか」と「目的に合った良い動画を作れるか」は、同じ話ではないのです。
勿論アート表現としてそういったすごい動画を作りたいのであれば、悩むことには意味があるかもしれません。
しかし、その場合は悩む暇があるならとにかく無心で手を動かし続けて、
自分の脳内イメージとアウトプットができる限り近づいていくまで、インプットとアウトプットを続けるしかないのです。
それはピアノの練習や、筋トレも同じことです。
脳内でどれだけ美しい旋律を思い浮かべても弾けはしませんし、
どれだけのマッチョな自分を思い浮かべても、現実には贅肉があるだけなのです。
これは業務の話だけではなく、プライベートでも同じことが言えます。
「私はあの人みたいなものを作れない」
「あんなにすごいことはできそうにもない」
と悩む前に、そもそも自分に、それって本当に必要なのか?を、しっかり考えてみてほしいんですね。
必要ない能力を持っていないことで悩んでいるなら、悩むポイントそのものがズレている可能性があります。
悩む土台を間違えていた過去の自分
とはいえ、私も昔は悩む土台を間違えていたことがあります。
駆け出しのころ、すごいデザイナーを見ると、「うわー、すげえ!」となる。
受賞歴なんかを見ると、
「この人はグッドデザイン賞を取っている……私、取ったことない……大丈夫なのか……」
みたいなことを考える。
しかしグッドデザイン賞とは、見知らぬ誰かが自分を見つけてくれて
「You are グッドデザイン!」と突然授けてくれる様な魔法みたいなものではありません。
製品やサービス、システム、取り組みなどを自分たちで応募して、課題、目的、プロセス、成果、社会やユーザーへの価値まで審査してもらう賞です。
応募もせず取れるわけがありません。
ちなみに一次審査料は16,500円、二次審査料は71,500円。受賞パッケージ料が181,500円で、受賞まで進んだ場合、基本費用だけでも合計269,500円かかります。
そのため、グッドデザイン賞もとってないしヤバいかも!というのは
受験してもいないのに、合格者名簿に自分の受験番号がなくてヤバい!!!と喚いているようなもの。
つまり、正しい比較ができてないどころか、比較として成立していないのです。
ただのアホです。
参考)2026年度グッドデザイン賞応募受付:https://archive.g-mark.org/entryguide
同じ行動でも、その目的は人によって異なる
これは作品だけではなく、SNSやブログなどのアウトプットでも同じだと思っています。
「周りは皆有益な情報を沢山投稿している」
「自分だけ全然アウトプットできていない」
という相談もよく聞きます。
でも、そもそもその人達は、なぜアウトプットをしているんでしょうか?
例えば私の場合ですが、多くのデザイナーやクリエイターを救い、導く為に!という様な崇高な理由ではありません。
私はちょっと現場を離れると、自分でも恐怖を感じてしまうほど業務内容や手法を忘れてしまいます。
大好きなAdobe製品の操作方法ですら、半年も触らなければショートカットキーすら忘れてしまうのです。
なんと恐ろしい事でしょうか・・・!
なので、誰にも見せないNotionのドキュメントを山ほど書くのも、外向けにブログを書くのも、SNSにTipsを投稿するのもこの先記憶を失った私が、
その記録を見れば同じことをもう一度やれるように。という願いと祈りを込めて書いてるものなんですね。
コードで言うなら、コメントを入れることなく、自分で書いたコードを3年後に見て理解できるか?という話と同じです。
なので、私にとって私が書く沢山のドキュメントやブログやTipsは、基本的に全て私の外部記憶装置としての役割を担っています。
もちろん体裁としては、周囲の人々に向かって知ってるといいよ~!みたいな温度で書いていますが、
それもやはり、記憶喪失になった私がそれらの情報を見た時に、過去の自分はこんなにも出来ていたのにと不安にならないようにという意味でもあったりもします。
仕事ではない制作や作品についてはもっとシンプルで、私が作りたいから作る。誰が望もうと望まなかろうとそんなことはどうでもいい。
ただ、私が作りたいから、私のために作る。ただ、それだけだったりします。
一方で、登壇はまた目的が違います。
私は人と直接話して営業するのがかなり苦手です。
授業で生徒と話すことや、仕事でコンサルティングを行う、デザインでのヒアリングを行う。
これらは私にとって苦ではありませんが、営業となった瞬間に全くうまくいきません。
欲しい!といっている人のところに行って話すのは容易ですが、飛び込み営業のように、欲しいと言ってるわけでもないのに営業をしに行くのは押し売りのようでどうしても話がまず進みません。
そもそも私は自分が欲しいと思わないものを売りに来られるのがかなり嫌いな人間です。
そのため、自分がされて嫌だと感じることを他人にするのもどうしても精神的に無理があるんですね。
しかし、仕事を増やしていくためには何かしら営業もしなければならない。
とはいえ、飛び込み営業のような方法はどうしても自分にはできないし、そもそもどう営業すればいいのかも分からない。
営業しないといけないのは分かっているが、どうしたもんか……という状態でした。
そんな中で以前Design Boost in Fukuokaの主催でもあるThinka Studioの林さんが、
「登壇することは最大の営業になる」と仰っていました。
その言葉に、「営業≠こちらから売り込みに行く」だとハッとさせられたんですね。
自分の知識や仕事を登壇という形で見てもらい、必要だと思った人から声をかけてもらう。
それなら私にもできるし、むしろ自分にはこちらの方が合っている!と。
つまり同じ「行動」に見えても、
ある人にとっては営業。
ある人にとっては教育。
ある人にとっては勉強。
ある人にとっては備忘録。
ある人にとっては出版のための準備。
ある人にとってはコミュニティ作り。
ある人にとっては純粋な自己表現。
等々と、目的が違えば、必要な量も方法も当然変わってきます。
それなのに、「あの人は毎日投稿している。私は週1回しか投稿できていない」
という数字や行動だけを比較しても、正直あまり意味がありません。
人と比べるな!ではない。比較をするなら条件を揃えよう
こういう話をすると、「人と比べなければいいんですよね。でもそれができたら苦労しません!!」という話になりがちです。
でも、私は別に人と比較すること自体が悪いとは思っていません。
比較すると、自分に足りないものや、これから伸ばしたいところが見つかることも多くあります。
私が伝えたいのは、「比較するなら、条件や情報を正しくそろえて比較せよ。」です。
例えば、ある人を見て「自分よりすごい!」と感じたなら、
・その人は何を目指しているのか。
・その人は何を仕事にしているのか。
・その人はそれを何年くらいやっているのか。
・その人の環境は?どんなバックグラウンドがあるのか。
・その人はSNSを何のために使っているのか。
・その人はどのように生計を立てているのか。
・出している本はどのようなものか。(自分はどのような本を出したいのか?)
・その人は何の講師なのか。(自分はどのような講師として活動したいのか?)
・その人の目指す未来や、実現したいビジョンは何か?
・
・…etc
など、比較しようと思えば確認すべき条件はいくらでも挙げられますね?
そして、比較の際に上に挙げた内容の自分との対比を丁寧に作ります。
そしてそもそも、それを目指しているのか?
ここまでしっかり揃えて、ようやく比較のターンです。
条件がまるで違うのに、目についた「すごい部分」だけ抜き出して、
「あの人にはある。私にはない。だから私はダメだ」
と結論づけるのは、あまりにも愚策です。
なぜならそれは比較ではなく、単なる自己否定にしかならないからです。
そしてこれは、自分に対してだけではなく、比較対象としている相手に対しても失礼な比較だと私は感じています。
というのも、その人がそこに至るまで何年積み重ね、どれだけ学び、何を経験し、どんな失敗や努力をしてきたのかも知らないまま、
「あの人にはできるのに、私はできない。だから私はダメだ」
と考える。
しかしその考えは、裏を返すと「私は今の状態でも、その人と同程度にできていて然るべきだ」と考えていることになるのです。
もし本当に、経験年数や取り組んできた内容、投入してきた時間、目指しているものなど、比較条件が十分に近いにもかかわらず、自分だけ達成できていないのであれば、その差がどこから生まれているのかを調べる価値がありますし、絶対調査したほうがよいでしょう。
実際のところはどうでしょうか?
その比較している相手とご自身は、同じだけのインプットやアウトプット、人脈形成、学習、その他の多くの見えない積み重ねをしてきたのでしょうか?
もしそうではなく、相手の積み重ねを全部すっ飛ばして結果だけを横に並べるのは、自分を過小評価しているようでいて、自分を過大評価している比較になっていると私は感じます。
毎日走り込みもせず、基礎練習もせず、トレーナーもつけず、ただ毎日ゲームをしたり、ファーストフードばかりの生活をしているにも関わらず、
「あのオリンピック選手は、自分と同じ年齢で、同じ性別なのに、どうして自分はオリンピックに出れないのだろう?」と落ち込んでいるようなものです。
オリンピックに出たいなら、オリンピックに出れるだけの努力が必要ですし、そのための適切な手法や計画も大切です。
クリエイティブに話を戻すと、いい物を作りさえすれば問題が解決する、必ず売り上げが上がる、なんて都合のいい未来は存在しません。
目的と手段を取り違えてはいませんか?
比較条件を確認せず、目についた結果だけ比較すると、変な自己否定が発生してしまいがちになるのです。
このままで大丈夫かな?と思ったら、まず行き先を確認しよう
誰かを見て不安になったとき、
「もっと勉強しなきゃ」
「もっと発信しなきゃ」
「もっと作品を作らなきゃ」
「もっと何か、もっと何かを・・・!」
と焦ってしまう前に、まず深呼吸をして一歩引いて自分というものを俯瞰してみましょう。
私から悩めるあなたに問います。
「あなたは、どこへ向かいたいのでしょうか?」
会社の売り上げを上げていきたい?
会社の動画担当として成果を出したい?
講師になって、沢山の生徒たちを導いていきたい?
天才的アーティストになりたい?
同じ趣味の人とつながりたい?
誰からもすごい!とちやほやされたい?
自分の作ったものによって、地域がより良くなるようにしたい?
自分の研究結果によって病気で悩む人が一人でも減ってほしい?
オリンピックで金メダルを取りたい?
いろんな国の言葉がしゃべれるようになりたい?
とにかくお金が沢山ほしい?
まぁ、きりがないですよね。
目的によって、やるべきことは全部違います。
銀行に会社の代表としてお金を借りに行くのが早い人もいる。
毎日Tipsを投稿することが必要な人もいる。
作品をひたすら作った方がいい人もいる。
プロのコーチを見つけたほうがいい人もいる。
SNSなんかやらず、技術を身につける方が先という人もいる。
海外に行ったほうがいい人もいる。
だから私は、人と比べてもしょうがないよ。なんて事は言いません。
人と比べたいのなら、正しく条件をそろえて比較をしてね。と伝えます。
その人が向かっている場所と、自分が向かっている場所。
そのために必要な能力。
そのために必要なアウトプット
そのために必要な手法やツール
資産や時間などのリソース
人とのつながりの数
自分が過去にやってきたこと
これまでにやってこなかったこと、避けてきたこと
これからやれること
必要な資格など
落ち着いて丁寧に丁寧に分解してみましょう。
すると案外、これ、私に関係ないな。とか、私が悩む必要ないやつだ。というものが結構混ざっていたりします。
誰かを見て、
「自分はこのままで大丈夫なんだろうか」
「自分じゃダメだ」
なんて思ったときには、自己評価を下げる前に一度だけ。
その人と私は、そもそも同じところを目指しているのか?
自分はその人と同じことを求められているのか?
自分とその人のバックグラウンドややってきた事は同じなのか?
そういった部分から確認してみるといいのではないかな、と思っています。
もしかすると、「自分はダメだ」と思っていた原因は、能力ではなく間違った比較方法のほうだったのかもしれませんよ?
ここから下は宣伝コーナー!
Adobe製品をここからクリックして購入していただくと、な~~んと私にも紹介料が入るのです!
紹介料とAdobe製品を使う仲間が増える!最高ですね?!
良かったらぜひポチっとして購入してくださいね!みんなでLet’s Adobe~~~!
